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44歳、大学生になりました。

奈良大学通信教育部に入りました。

勉強がすすまない

テキストが届いてから1カ月が経とうとしているのに、まだ一枚もレポートを書いていません。というのも夏のスクーリングの計画を立てているうちに、宿や飛行機の手配や仕事の休みのやり繰りがだんだんと面倒くさくなり、「いっそのこと奈良に引っ越してしまおうか」と思うに至り、ネットで部屋探しをしまくる日々になってしまったのです。加えて本来なら三月末で出来ていたはずの仕事の引き継ぎが、会社都合で二転三転し現在まで引き継げていない、という状態で気分の落ち込みがひどく上記二点の理由から勉強が手につかないのであります(完全ないいわけ)。

 

しかしまったく勉強していないのではなく、最初の科目として選んだ「人間論Ⅰ」のテキスト「生命の終わり(大町公著)」と参考図書の「無痛文明論森岡正博著)」の二冊は読み終わっています。

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しょっぱなからこんなヘビーな内容の科目を選んでしまって、レポートを書くにも考えがまとまらず、どうしたものかと思案している最中でございます、、、とほほ。このペースでは四年では到底卒業できません。とにかく今月中にはレポートを作成し、提出したいと思います。

テキスト届きました。

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一年目で履修登録した科目のテキストが届きました。

学校からは40~45単位くらいは登録するように、と指示がありましたが、時間的にも能力的にもそんなに履修できる自信は全くなかったので、スクーリング含めて38単位分の科目を登録しました。

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こうやって本棚にならべると、とても少ない感じがします。読了は早く終わりそうですが、レポートと科目修得試験が大変そうです。

 

まずは「奈良大生のための表現技法」を熟読してから学習を始めます。

奈良大学入学式に出席しました。

通信教育学部の学生は入学式の出席義務はないのですが、これから孤独な戦いになるので気持ちを引き締めたいのと、通信だと「大学に入学した」という実感がいまいち湧かないので出席することにしました(ちなみに私は千葉県在住です)。

 

気温が低く寒い1日でしたが、快晴でピリッとした空気で気持ち良かったです。

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私には子供はいませんが、通学部の生徒は自分の子供くらいの年齢の子達ばかり。スーツを着なれていない感じが微笑ましかったです。

f:id:urihei:20170409175559j:plain20数年ぶりに入学式というものに出席して新鮮な発見がありました。

 

学歌斉唱!と言われても一度も聴いたことのない歌は歌えません。

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社会人になってからとんと御無沙汰であった「起立、礼、着席」を何度も何度もやらされました。座ったと思ったら「起立!」と命令され、すぐまた「礼!着席!」。周りの出席者の方達(通信教育学部の生徒たち。ほとんどが60~70代のおじさま)も苦笑していました。

 

「この流れって無駄だよな」と思いましたが、これが「学校」というものなのでしょう。長いこと仕事をしていると「合理化」「効率化」というものを要求され、自分でもそうしようと努めます。しかし、学校とかいうものはそういう価値観とはちがうところに存在しているのだな、と感じました。

 

校長、理事長、その他先生たちや役員達の挨拶で何度も「おめでとうございます」と言われ、「そうか、入学っておめでたいことだったんだ」と思い出しました。通信だとこれからの勉強の大変さや時間やお金のやりくりに意識がいってしまい、まったく「おめでたい」気分ではなかったので祝ってもらえて良かったです。

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一通り式が終わり、「雅楽研究部」の生徒さん達によるお祝いの演舞を鑑賞しました。笛や太鼓、笙の音が厳かな雰囲気で良かったです。これは奈良大学ならではで嬉しくなりました。

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式が終わると学部ごとに分かれて教室に移動です。簡単なガイダンスと学部長の先生による挨拶がありました。

 

通信教育学部の学部長先生は歴史地理学がご専門だそうで、簡単な地理学の講義をしてくださいました。内容は「城墟・城跡の記号」について。みなさん真剣に聞き入っていました。

 

その後は図書館に移動し、使い方の案内をして頂きました。さすが大学、考古学や歴史の資料や書籍の量がすごい。通学部の生徒たちはここに入り浸って勉強できるのでうらやましいです。もちろん通信教育学部でも貸し出しは出来ますので今後利用するつもりです。

 

その後は通信教育学部と博物館のある建物を案内してもらい、解散となりました。

 

ぎりぎりまで入学式に出席するか迷っていましたが、「入学した」という実感が持てましたし、たくさんの方に祝ってもらえたので出てよかったです。

 

春の飛鳥路を歩く③

万葉文化館の庭園には様々な植物が植えられています。こぶしの花がきれいに咲いていました。

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かしわの葉って落ちずに枝に残っているんですね。知りませんでした。

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万葉文化館のすぐ近くに亀形石造物があるのですが、近くに酒船石があるので先にそちらを見に行きました。

 

酒船石に行くにはこんな竹林の坂を登っていきます。

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まだ登ります。

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酒船石。

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竹林の中に無造作に置かれている感じですが天皇と関係のある設備なので当時は違う光景がひろがっていたのでしょうね。

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ここの竹林を一眼レフのカメラで撮りまくっていた西洋人の男性がいて、邪魔したくないので長居しないで下に降りました(降りる前に、ここでもべたべた石を触ってきましたよ)。この方は竹林に美しさを感じているようで、別の場所でも竹林の写真を撮っているところを見かけました。

 

下に降りるとすぐ亀形石造物があります。ここは保全のために300円支払います。

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ボランティアで説明してくれるおじさんがいて、詳しく説明してくれました。斉明天皇が禊をしたところではないか、ということです。竹林に隠れていますが上にある酒船石も位置的に近いので、関係していると思われる。しかし軌道がずれているので上から水が落ちてくる設計にはなっていないようだ、とも。

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このおじさん、質問すると丁寧にいくらでも答えてくれますが、まだまわるところがありますし、話が長くなりそうなので一通り説明を聞いて後にしました。

 

お次は日本最古の本格的寺院である飛鳥寺。バスの時刻表をチェックしてから拝観しました(もう歩きたくなかったので)。

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境内にポストがありました。ここで手紙を出すと消印は飛鳥寺になるのでしょうか?

 

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教科書にも出てくる鞍作鳥が作った大仏様。ここの大仏様は釈迦如来坐像、つまりお釈迦様です。度重なる災難にもめげず、ずっとここに鎮座していらっしゃると聞き、がぜんありがたみが増しました。

 

写真撮影可でしたので撮りましたがボケてしまいました。

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右側と左側ではお顔の表情が違います。旧伽藍は火災で焼失し室町以降は荒廃したが(屋根が無くふきっさらし、わらをかぶせていたこともあるとのこと!)、江戸時代に二度再建され、今に至るそうです。

 

バスの時間が迫ってきたので裏手にある蘇我入鹿首塚を急いで見に行きました。言い伝えでは、先ほど行った伝飛鳥板蓋宮からここまで入鹿の首が飛んできたとのこと。相当距離がありますが、、、まあ、伝承ですからね。しかし首塚をバックにピースサインで写真を撮っているカップルがいましたが、それってどうなんでしょう?

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 明日香周遊バス「赤かめ」に乗り、終点の近鉄橿原神宮前駅で下車しました。

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橿原神宮にも行こうと考えていたのですが、ウェブサイトで確認したところ拝観は「日の出から日没まで」というなんとも風情のある文言が。この時点で16時半過ぎていましたので、日没まで時間がないと判断し、今回は諦めました。

 

この日の宿はホテルサンルート奈良。駅から10分以上はあるので荷物が多いと少しきついかもしれません。

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シングルは部屋・バスルームともに狭かったですが、古事記が置いてありました。ゆっくり読みたかったのですが、夕食後は疲れもありすぐ眠ってしまいました。

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 ガイドブックでは約8キロの行程でしたが、5時間近くは歩いていたと思います。次の日は前脛骨筋と股関節周りの筋肉が筋肉痛になっていましたとさ。おしまい。

 

 

 

春の飛鳥路を歩く②

お次は一番見たかった石舞台古墳。橘寺から結構距離があって疲労度が高くなってきました。

 

こちらも公園になっていて、手前の広場では衣装の貸出があり、天平衣装で歩いている観光客をたくさんみかけました。

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いよいよ石舞台古墳です。これは広場側より撮った写真。水はありませんでしたが濠に囲まれています。日本最大級の石室で、蘇我馬子墓説が有力だそうです。

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向って右側より玄室に入れます。長さ約7.7メートル、幅約3.4メートル、高さ約4.8メートル。この中に棺が入っていたのですね。当時に思いを馳せ、内部の石をべたべたと触ってしまいました。

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表に出て反対側にまわります。入江泰吉の本を見ると、石の上に人々が笑顔で座っている写真を見ることが出来ますが、現在はのぼってはいけないようです。

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こちらの桜もまだ咲いていませんでしたが、幻想的な夜桜のライトアップを見ることが出来るそうで、ライトが濠に沿ってぐるりと配置されていました。

 

飛鳥駅をスタートし、ここまでのんびり歩いてきたら二時間くらいたっていました。いいかげん疲れて来て食欲はなかったのですが、冷たいものが食べたかったので近くの売店でソフトクリームを食べました。飛鳥にちなんで「古代米ソフト」をチョイス。古代米の味なのか良く分かりませんでしたが限りなくバニラに近い味で普通においしかったです。

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まだまだまわるところがあるのでソフトクリームを食べながら歩きます。のんびりした田園地帯が広がっていてのどかで気持ち良かったです。

 

お次は伝飛鳥板蓋宮跡(でんあすかいたぶきのみやあと)。皇極天皇など五代の天皇が宮を置いたそうで、乙巳の変の舞台でもあります。

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まわりは田んぼや畑で、農道のような道を歩きます。途中に明日香民俗資料館や犬飼万葉記念館などもあったのですが時間の関係で立ち寄りませんでした。

 

お次は万葉文化館。地下の常設展示エリアは無料とのことで行ってみました。内部の写真が取れなかったので玄関にいたせんとくんを載せます。後頭部がかわいい。せんとくんが出始めたころって、評判がすごく悪くて私も気持ち悪いと思っていたのですが、最近は見なれて来てかわいいと思うようになりました。慣れってコワイ。

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万葉集をテーマにした博物館で、当時の市や人々の生活ぶりが原寸大の人形で再現されていて、ボリュームは少なめですがおもしろかったです。展示を見ていたら、職員の方から「10分くらいのアニメ上映がある」と案内されたので見てみました。お客さんは少なく、私を含めて5人くらいしか居ませんでした。「万葉のふるさと」というお話しで素朴な映像でしたが、当時は山や川など自然の中で四季を感じながら人々が暮らしていたのだなあ、と思いました。

 

 

 

 

春の飛鳥路を歩く①

4月3日に奈良大学の入学式に出席しました。せっかくなので観光もしたいと思い前日に奈良入りしました。

 

「まっぷる奈良」のサイクリングのモデルコースを見ると「走行距離8キロ」と書いてあります。「それくらいなら歩けるだろう」と思い自転車は借りずに歩いてまわりました。

 

まずは飛鳥駅(近鉄橿原線)からスタートです。

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菜の花は満開でしたが桜はまだ咲いていませんでした。

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こんな道をてくてく歩きます。自転車でまわる人の方が圧倒的に多かったです。

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15分ほどで国営飛鳥歴史公園に到着。鳥の声と芝生の匂いでいい気分。

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高松塚古墳に行く前にレプリカを展示してある壁画館に行きました。館内は撮影禁止なのでパンフレットを。この壁画を発見した人達はさぞ興奮したことでしょう。

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これが有名な高松塚古墳か~と思いましたが、想像していたより小さかったです。

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古墳のすぐそばは畑なんですね。農作業されている方がいました。

f:id:urihei:20170402113241j:plain同じ公園内にある中尾山古墳。天皇を示す八角形になっているそうですが外から見てもよくわかりませんでした。文武天皇墓説が有力だそうです。

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高松塚古墳から徒歩18分のところにキトラ古墳もあるのですが、早くも疲れてきたので今回は諦めました。

 

まっぷるのモデルコースでは次は「鬼の雪隠」と「鬼の俎」なのですが、興味が湧かなかったのでスルーしました(どうやら斎明天皇?と関係があるらしいです。見ておけばよかった)。

 

お次は天武天皇持統天皇陵。

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畑や住宅などの中にあるとは思わなかった。向って右側から撮った写真。

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お次は聖徳太子生誕の地と言われている橘寺に向かいました。途中に亀石がありますが、足は痛いし喉も渇いたので亀石の手前で休憩をとりました。

 

亀石は何のために作られたのかわかっていませんが、やはり天皇となにか関係があるのでしょうか。 

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橘寺。こちらも畑の中にぽつんとありました。ながーいあぜ道を歩いて行きました。

なんでも聖徳太子生誕の地と言われているそうで、本堂に聖徳太子像が安置されていました(撮影禁止)。

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境内にあった二面石。私には善悪の表情は読み取れませんでした。

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つづく。

 

 

 

 

履修登録に悩む

本日、奈良大学より入学書類一式届きました。

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学生証やサブテキスト、履修登録の用紙など。サブテキストは一日かけて目を通しましたが、目安となる40単位分の科目を選ぶのに迷ってしまいます。スクーリングとの兼ね合いもあり悩ましいところです。しかし一年間で40単位も修得できないよ~。4年での卒業は無理そうです。